繊細ヤクザとは

Bonjour‼︎

最近、ネット上で「繊細ヤクザ」「繊細チンピラ」という言葉が流行っているのはご存知でしょうか。「あなたの言動で傷ついた。どうしてくれる」と難癖をつけるクレーマー、というのが言葉の定義となっている事が多いらしいですが、今回はコレについて掘り下げてみます。

繊細、というと一般的にマイナスポイントと捉えられてしまうこともある。「小さなことでイチイチ傷つくなよ面倒くさいな」と考える人もいるだろう。しかしながら、歴史上の人物を見れば繊細さは強力な武器にもなるという事実が…

たとえば芸術家のゴッホは大変繊細な人物として知られており、人間関係はうまくいかない事が多く、芸術の道を深めていくことになったと分析する声もありますし、ストレスから自分の耳を切り落としたという話も残っています。


繊細さとは「心の視力」のようなもので、普通の人が流してしまう言葉や出来事が解像度高くなんでも見えてしまい、それ故に機敏に察知する。故に芸術や学術、ビジネスの分野で多くの人が見落とす情報を拾い集め、一つの作品に昇華させるという事なんでしょう。

しかし、繊細さを抱える生きづらさはあるのではないかと…

差別的な発言や過激な言葉は慎むべき、というのは確かに当たり前!これらは表現の自由というより、コンプライアンスの範疇かと思います。

あまりに周囲に配慮を求めすぎる姿勢はある種の「暴力」である。今回取り上げている繊細ヤクザは周囲にばかり配慮を求め、相手と対話する姿勢はない。「周囲は弱者である自分に無条件で従え」という一方的な強制力を持って有無を言わせず排除しようとする。武力行使で相手を従わせる戦争に共通する暴力性がある。その攻撃的な姿勢から「繊細”ヤクザ”」と名称が付けられているといわれてます🤔

繊細さが悪いのではなくて、繊細を盾に一方的な暴力を振るう姿勢が問題なんでしょうね。。


旅行の写真を投稿すると「お金がなくて旅行にいけない私への自慢ですか!?」と攻撃し、試験対策の動画を投稿すると「試験に合格できなかった古傷が痛むのでもう投稿をやめてください」と攻撃する。弱者だからなんでも守られるべき、周囲が一方的に配慮されるべきという論理が通ってしまうなら、世の中からあらゆるビジネスは消えてしまう。

高級レストランは「貧乏人のコンプレックスを刺激するからやめろ」と言われてしまうだろうし、格安店は「こんな店しか利用できない自分が惨めになるからやめろ」と難癖をつけられてしまうだろう。

こうなると一周回って繊細ヤクザ側も「ではあなたも弱さを盾に周囲を力づくで従わせている。その暴力は慎むべきでは?」といった道理が通ることになってしまう。

インターネットの普及によりSNSなどにより、情報がより簡単に得られやすくなった結果、こういう現象が起きているようです。書籍や雑誌・新聞などで情報を得る時代では、それを求めている人だけが購入するので、こうしたトラブルはなかったような気がします。

心理学的には嫉妬ややっかみ的な感情が起因している感じなので、正直そういう情報にさえ触れなければ良いのでは…と安易に考えてしまうのがアナログなオジサンの考え方なんでしょうかね😢

ネットの世界だけならまだ良いですが、リアルで繊細ヤクザが出てきたら、世の中ハラスメントだらけって事になってしまいますね💦